2015年5月31日

金子兜太自選百句   (金子兜太95歳)

「語る兜太」2014年6月刊 岩波書店2200+E    
「語る兜太」自選百句  金子兜太
                                               
白梅や老子無心の旅に住む        『生長』     
裏口に線路が見える蚕飼かな       『生長』     
山脈のひと隅あかし蚕(こ)のねむり  『少年』 
曼珠沙華どれも腹出し秩父の子    
霧の夜の吾が身に近く馬歩む      
娥のまなこ赤光なれば海を恋う     
木曽のなあ木曽の炭馬並び糞る  
 トラック島(三句)
被弾のパンの樹島民の赤児泣くあたり 
魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ   
水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る 
死にし骨は海に捨っべし沢庵喘む   
朝日煙る手中の蚕妻に示す      
独楽廻る青葉の地上妻は産みに         
墓地も焼跡蝉肉片のごと樹々に          
  会津飯盛山
罌粟よりあらわ少年を死に強いた時期       
きよお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中  
雪山の向うの夜火事母なき妻           
暗闇の下山くちびるをぶ厚くし           
白い人影はるばる田をゆく消えぬために    
霧の車窓を広島走せ過ぐ女声を挙げ      
原爆許すまじ蟹かっかっと瓦礫歩む       


青年鹿を愛せり嵐の斜面にて       『金子兜太句集』                                           
人生冴えて幼稚園より深夜の曲    
朝はじまる海へ突込む畸の死     
銀行員ら朝より螢光す烏賊のごとく  
豹が好きな子霧中の白い船具    
殉教の島薄明に錆びゆく斧      
湾曲し火傷し爆心地のマラソン   
華麗な墓原女陰あらわに村眠り   
黒い桜島折れた銃床海を走り     
果樹園がシャツ一枚の俺の孤島   
わが湖あり日蔭真っ暗な虎があり                                                           

どれも口美し晩夏のジャズ一団    『蜿蜿』 
男鹿の荒波黒きは耕す男の眼           
無神の旅あかっき岬をマッチで燃し        
最果ての赤鼻の赤魔羅の岩群          
霧の村石を投らば父母散らん         
三日月がめそめそといる米の飯         
人体冷えて東北白い花盛り

                                                        
林間を大ごうごうと過ぎゆけり    『暗緑地誌』    
涙なし蝶かんかんと触れ合いて          
夕狩の野の水たまりこそ黒瞳            
谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな            
二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり   
暗黒や関東平野に火事一つ 

         
馬遠し藻で陰(ほと)洗う幼な妻    『早春展墓』       
海とどまりわれら流れてゆきしかな        
山峡沢の華(はな)微かかこり         
ぎらぎらの朝日子照らす自然かな      『狡童』
日の夕べ天空を去る一狐かな        『狡童』


霧に白鳥白鳥に霧というべきか      『旅次抄録』    
大頭の黒蟻西行の野糞               
人刺して足長蜂(あしなが)帰る荒涼へ       
 
梅咲いて庭中に青鮫が來ている     『遊牧抄』        
山国や空にただよう花火殼          
谷間谷間に満作が咲く荒凡夫           
猪が来て空気を食べる春の峠          
山国の橡の木大なり人影だよ           

 
麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人      『詩経國風』       
抱けば熟れいて夭夭の桃肩に昴(すばる)      
    中国旅吟
花柘榴の花の点鐘恵山寺          『遊牧』
朝寝して白波の夢ひとり旅          『詩経國風』
若狭乙女美(は)し美(は)しと鳴く冬の鳥      
麦秋の夜は黒焦げ黒焦げあるな          
どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ           

桐の花遺偈(ゆいげ)に粥の染みすこし   『皆之』    
牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ           
唯今ニー五〇羽の白鳥と妻居り           
(中国旅吟)
滴江どこまでも春の緇路を連れて         
夏の山国母いてわれを与太と言う          
冬眠の鰒のほかは寝息なし 
 

雪の日を黄人われのほほえみおり     『黄』    
 

酒止めようかどの本能と遊ぼうか   『両神』     
尺土への脱力なかの隕にかな            
春落日しかし日暮れを急がない          
大前田英五郎の村黄落す              
二階に漱石一階に子規秋の蜂          
桂花咲き月の匂いの成都あり            
燕帰るわかしも帰る並(な)みの家  
      
 
よく眠る夢の枯野が青むまで     『東国抄』      
じつによく泣く赤ん坊さくら五分         
おおかみに螢が一つ付いていた          
狼生く無時間を生きて咆哮            
狼墜つ落下速度は測り知れぬ            
妻病めば葛たぐるごと過去たぐる   

     
定住漂泊冬の陽熱き握り飯        『日常』    
長寿の母うんこのようにわれを生みぬ      
源流や子が泣き蚕眠りおり            
秋高し仏頂面も俳諧なり             
沢上りっめ初日見る月の出待つ         
言霊の脊梁山脈のさくら             
子馬が街を走っていたよ夜明けのこと     
犬航海時代ありき平戸に朝寒して        
老母指せば蛇の体の笑うなり          
病いに耐えて妻の隕澄みて蔓うめもどき    
ブーメラン亡妻と初旅の野面(のづら)      
合歓の花君と別れてうろつくよ          
左義長や武器という武器焼いてしまえ     
津波のあと老女生きてあり死なぬ        
被弾の人や牛や夏野をただ歩く                  


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