2015年10月27日

兜太の語る俳人たち 『原子公平』

「俳句研究」平成2年3月号口絵より

「寒雷」の同期生     原子公平 (1919~2004)

 敗戦のあとトラック島(現チューク)から還ったときも、そこへ出発したときも、小生は、当時小石川の原町に老母と二人でアパート暮らしをしていた原子公平の部屋にいた。そこから出発し、そこに帰ってきたと言ってよいほど、小生にとって原子は頼りになる同年の友人だったのだが、その原子が先ず小生に見せたのが、
 
 戦後の空へ青蔦死木の丈に満つ

だった。アパートをでると直ぐ爆撃で、死木となったこの欅の大樹があり、その向こうは一面の焼野原たった。

 健康すぎると思いつつ、いつのまにかこの明るさに引かれていたことは間違いない。小生は原子の代表句の一つにしてきたが、少し世代の後の人の評判はよくない。それも分かるのだが、しかしいまも小生はこの句を好んでいる。

 この健康で楽天的な一面があって、「良く酔えば花の夕べは死すとも可」のような句もつくる。「俳句と社会性」で山本健吉とやり合い、戦後俳句不毛説の飴山賓と論争もした。

 彼が死んで骨となったとき、その骨の白く逞しいのにおどろいて、小生は思わず次の句を含む五句をつくったことを忘れない。

「夕べに白骨」などと冷や酒は飲まぬ  兜太

   
 (注)同期生とは同年齢で同じ年に「寒雷」に入会した者。

                    
                        (著書・語る兜太から)

白鳥吹かれくる風媒の一行詩       原子公平

 白鳥は秋の半ばごろシベリアなどから日本に渡ってきて、春になると帰ってゆく。候鳥であり、冬鳥ともいわれる。日本列島の渡来地で有名なのは、風蓮湖(九海道)、大湊湾(青森県)、伊豆沼(宮城県)、瓢湖(新潟県)などだが、ほかの湖Jや湾でも越冬する。大形で首が長く、全身真ッ白。水面に浮くその姿の美しさに昔から人々に愛されてきた。バレエ『白鳥の湖』や日本の羽衣説話など、白鳥の美しさが生みだした幻想の世界はまことに豊かなのだ。

 その白鳥がすいすいと水面をすべってこちらにやってくる。まるで風にのって吹かれてくるような感じですべってくる。そういえば微風があり、空はよく晴にていて、その青空が水面に映っている。

 ふと、一行詩もやってくるぞ、とおもうのである。白鳥とともに吹かれてくる一行詩。いや、白鳥そのものを、あれは一行詩だとおもっているのかもしれない。とにかく、微風がはこぶ白鳥、そして一行詩。

 この一行詩は俳句にちがいない。しかも、水面を吹かれてくる白鳥にシベリアの空まで感じて、この一行詩も大陸からはこぼれてきた風媒花、とまでおもって喜んでいるのかもしれない。想像はひろがり、広大な空間に白鳥が一行詩のようにただよう。一行詩が白鳥のように美しく花開いている。

                 (著書・老いを楽しむ俳句人生から)

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