2015年10月29日

兜太の語る俳人たち 『種田山頭火と尾崎放哉』 

山頭火
  山頭火の放浪は、すでに早大在学中にはじまっている。小川未明と併称されたこの才能は、いつも泥酔のなかにあった。そして、帰郷後は、しだいに行乞のくらしにはいり、一生の大半を放浪のうちにすごしたが、その間、荻原井泉水に師事して自由律の俳句を作りつづけた。短唱にすぐれたものがある点、ほぼ同じ時期、漂泊のうちに死んだ尾崎放哉と
似ている。漂泊者の詩は短いものか。
 
 山頭火の放浪を、幼年期から青年期にかけての挫折経験(父の女狂い、母の自殺、家の没落)から理解することは容易いが、それが決定因であったかどうかはわからない。本性顕現への、ちょっとした契機にすぎなかったかも知れない。
放哉


その点はまた〈一高、東大出〉の放哉の放浪についてもいえる。一流保険会社の要職を酒のために失脚した彼は、三十九歳で妻子を捨て、一燈園や寺々をまわって、ついに安定せず、さいごは小豆島南郷庵で孤死した。これとても、そうした挫折じたいは、やはり一契機にとどまるものかも知れない。
 
 種田山頭火には『行乞記』『其中日記』の漂泊手記が残されている。そのなかに、たまたま首相浜口雄幸が狙撃された日「修証義」を読みながら町を歩いていた記録がある。木賃宿に帰って新聞をみるとそれだった。彼は「修証義」の詞をしるす。

 「無情たちまちに到るときは、国王、大臣、親暱(しんじつ)、従僕、妻子、珍宝助くるなし、ただ一人黄泉に赴くのみなり、己れに隨いゆくは只是善悪業等のみなり。」
そして、一句を作る。

 鉄鉢、散りくる葉をうけた
 
 この場面など、漂泊者のあらかたの心体につうずるものがあろう。 漂泊とはが流魄(るはく)の情念であって、山頭火や放哉の場合は放浪を伴ったが、かならずしも放浪を要しない。さすらいの現象態様ではないのだ。

そうではなくて、反時代の、反状況の、あるいは反自己の、または我念貫徹の、定着を得ぬ魂の有り態であって、その芯に〈無〉がある。
無は、諾う対象としてあり、あるいは、絶つべき対象としてある。人さまざまだ。
 
 そして、諾うことも、絶つこともなく、無の気分のなかにあるとき、流魄は日常性の中に薄められて、ただ日常を流れるままとなる。

日常漂泊だ。山頭火が木賃宿で同宿した人たち――猿回し、子供づれの夫婦の遍路、尺八の老人、「世間師」たち――それである。往時の遊行者のおおかたそうであったにちがいない。

 諾うにせよ、絶つにせよ、気分の無と争うとき、流魄の情念は燃える。精神といえるものがその争いのなかに見えてくるとき、流魄は求道のおもむきを具える。私は、この争いのなかの流魄情念を定住漂泊と呼ぶわけだが、その有り態は一様ではない。一様ではないが共通していえることは、日常漂泊のように日常性のなかに流れないことだ。

逆に、日常のなかに屹立するものである。屹立させるものが、その者の心機にある。そこに詩もある。

 山頭火の場合は、無を見定めようとしていた。しかし、なお気分の域をなかなか離れることができなかったのである。無を論理空間化して、そこに居坐ることもあったが、無とともに自分を流してしまうこともあった。彼に「自戒三条」がある。

  「一、自分に媚びるな、一、足らざるに足りてあれ、一、現実を生かせ。いつもうまい酒を飲むべし、うまい酒は多くとも三合越ゆるものにあらず、うまい酒は、自他共に喜ぶものなり。」

ここには、ストイシズムと現世享楽の奇妙な共存があり、〈無〉の名において振舞う我執の、身勝手な流魄振りがある。漂泊者に共通して見受けられるのは、我念あるいは我執のしぶとさだが、山岨火の場合、それをなまなましく現存させてかえりみないところがあり、それを〈自然〉のすがたとして誇張するところさえあった。無の空間に居坐って、
水のように静まるとき、そこに体現されるものが〈自然〉の態と白覚しつつ、その澄明の所在を拒む心意があったのである。
  
   うしろすがたのしぐれてゆくか
  鉄鉢の中へも霰

の山頭火は、無の気分と争い、それに乗って流れようとする我執の生臭さと闘うときの〈精神〉を示しているが、いつもそうではなく、そうではないことで倣慢になろうとするときもあったわけだ。

そんなとき、寄食者の饐えた体臭が感じられ、はからいすらみえて薄汚なかった。このことは尾崎放哉にもいえるが、晩年の放哉の場合は、山頭火よりも、我念の破滅が深かっかため、それが諦念にまで沈んで、ただ無の空間に蹲(うづくま)るものの無臭澄明を示す
結果となったのである。

 エピキュリアンの場合は、克己と享受が、山頭火より鮮やかに統一されていた。たとえば、オマルー・ハイヤームの詩鎬にみられる世界は、完全な超俗を前提として、世俗と我念を冷静に客観視するそれは諦観の眼であって、その眼光の奥に身を横たえて美酒をくむのだ。蕪村の「離俗」も、その微温的な一法であろう。

 著書「語る兜太」より 岩波書店

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