2015年9月13日

兜太句を味わう「海流ついに見えねど海流と暮らす」

海流ついに見えねど海流と暮らす  金子兜太 (老いを楽しむ俳句人生から)

 松尾芭蕉は『おくのほそ道』の旅半ば、紅花の咲く尾花沢に到着し、立石寺、大石田を経て新庄に二泊、そこから本合海にでて、最上川を下る舟に乗った。
 「本合海エコロジー」(会長木村正)の人たちは、この地の自然と歴史を愛してまず芭蕉の句碑「五月雨をあつめて早し最上川」を建て、この秋には、斎藤茂吉の歌碑「最上川いまだ濁りてながれたり本合海に舟帆をあげつ」を建立した。そして同時に、名勝矢向楯の前、最上川渦巻く川岸に、「郭公の声降りやまぬ地蔵渦」(兜太)、「ひぐらしの網かぶりたり矢向楯」(皆子)の二句を刻んだ碑を建てた。
わたしたち夫婦の句がお役に立ったしだいで、望外の光栄というほかはない。

 除幕式には俳句仲間とともに参上した。川岸での祝宴には、有機栽培米の味噌のにぎり飯、くず米と塩餡の餅、最上川の川蟹、鮎、ナスの丸漬が並んだ。まさにこの土地の昔からの暮しのもの。

帰り、新庄駅で待つあいだ、なんとなく大った構内の映画館で、浅田次郎原作『鉄道員』に出会う。シナリオは、1999年に他界した岩間芳樹が書いたものでぜひ見たいと思っていたのである。岩間は若いころからのなつかしい友。この偶然にあきれる。
 海流の句は中秋の下北半島尻屋崎での作。海流は遠く沖合いにあって目には見えないが、しかし太く生き生きと流れている。人の縁のつながりも海流のごとし。

矢向楯の句碑

淺田次郎   1951年(昭和26年)生まれ
陸上自衛隊に入隊、除隊後はアパレル業界など様々な職につきながら投稿生活を続け、1991年、『とられてたまるか!』でデビュー。悪漢小説作品を経て、『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、『鉄道員』で直木賞を受賞。『蒼穹の昴』、『中原の虹』などの清朝末期の歴史小説も含め、映画化、テレビ化された作品も多い。

淺田氏のエッセーを読むのが好きで見かけると買う。
彼は一日のうち半日は読書に費やす。資料よりもお楽しみのようです。
アパレル会社を経営していたのでお洒落でスーツからパンツまでブランド
好き、買ったばかりのブランドパンツにお漏らしをしたなんて書いてます。
面白くて笑ってしまうが、読者サービスのしすぎじゃないかと・・・。
氏は神田の老舗カメラ屋の息子として生まれたが家が倒産、苦労の割に
朗らかモードの人です。是非エッセーをおすすめします。


金子兜太先生を、そして海程会員の応援ブログです。 
管理人竹丸メール endo.hideko@gmail.com

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