2017年5月27日

兜太のエッセー「 母逝きて与太なり倅の鼻光る」



関口宏の「人生の詩」に出演した金子先生の写真で、これは幼き日の兜太と母のはるさんの写真です。ふっくらと丸髷に結い縞の着物で立つ親子。句碑にまでなった有名な句、


夏の山国母いてわれを与太と言う          『皆之』

 母は、秩父盆地の開業医の父のあとを、長男の私か継ぐものと思い込んでいたので、医者にもならず、俳句という飯の種にもならなそうなことに浮身をやつしてる私に腹を立てていた。碌でなしぐらいの気持ちで、トウ太と呼ばずヨ太と呼んでいて、私もいつか慣れてしまっていた。いや百四歳で死ぬまで与太で通した母が懐しい。        



老母指せば蛇の体の笑うなり      『日常』

 蛇がうねうねとからだを動かして草むらに入っていく。「体の笑う」感じ。気付いたわがなる老婆が、これも二コニコと指さして、人に教える。すると蛇は気付いたらしく、その体がますます笑う感じになる。老婆と蛇との、生きものどうしの共感の一と時。これをしもニミズムの世界と言うか。


白餅の裸の老母手を挙げる
いじわるな叔母逝き母に虎落笛
夏の母かく縮んでも肉美し
老母指せば蛇の体の笑うなり
童女の老母しばし見詰めて夏遍路
長寿の母うんこのようにわれを産みぬ
男(お)の児(こ) われ母よりいただきし餅肌
  母104歳にて他界
母逝きて風雲枯木なべて美(は)し
母逝きて与太なり倅の鼻光る

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