2019年5月23日

金子兜太 自選百句

 


  
『語る兜太』より95歳自選百句
  
  白梅や老子無心の旅に住む       『生長』
  裏囗に線路が見える蚕飼かな

  山脈のひと隅あかし蚕のねむり     『少年』
  曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
  霧の夜の吾が身に近く馬歩む
  蛾のまなこ赤光なれば海を恋う
  木曽のなあ木曽の炭馬並び糞(ま)る
   トラック島三句
  被弾のパンの樹島民の赤児泣くあたり
  魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ
  水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る
  死にし骨は海に捨つべし沢庵噛む
  朝日煙る手中の蚕妻に示す
  独楽廻る青葉の地上妻は産みに
  墓地も焼跡蝉肉片のごと樹々に
    会津飯森山
  罌粟よりあらわ少年を死に強いた時期
  きよお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中
  雪山の向うの夜火事母なき妻
  暗闇の下山くちびるをぶ厚くし
  白い人影はるばる田をゆく消えぬために
  霧の車窓を広島走(は)せ過ぐ女声を挙げ
  原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫歩む


  青年鹿を愛せり嵐の斜面にて     『金子兜太句集』
  人生冴えて幼稚圉より深夜の曲
  朝はじまる海へ突込む鴎の死
  銀行員ら朝より螢光す烏賊のごとく
  豹が好きな子霧中の白い船具
  殉教の島薄明に錆びゆく斧
  湾曲し火傷し爆心地のマラソン
  華麗な墓原女陰あらわに村眠り
  黒い桜島折れた銃床海を走り
  果樹圉がシャツー枚の俺の孤島
  わが湖あり日蔭真つ暗な虎があり

  どれも囗美し晩夏のジャズー団      『蜿蜿』
  男鹿の荒波黒きは耕す男の眼
  無神の旅あかつき岬をマッチで燃し
  最果ての赤鼻の赤魔羅の岩群
  霧の村石を投(ほう)らば父母散らん
  三日月ががめそめそといる米の飯
  人体冷えて束北白い花盛り

  林間を人ごうごうと過ぎゆけり     『暗緑地誌』
  涙なし蝶かんかんと触れ合いて
  夕狩の野の水たまりこそ黒瞳(くろめ)
  谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな
  二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり
  暗黒や関東平野に火事一つ

  馬遠し藻で陰(ほと)洗幼な妻       『早春展墓』
  海とどまりわれら流れてゆきしかな
  山峡に沢蟹の華(はな)微かなり

  ぎらぎらの朝日子照らす自然かな     『狡童』
  日の夕べ天空を去る一狐かな

  霧に白鳥白鳥に霧というべきか    『旅次抄録』
   (弘川寺にて)
  大頭の黒蟻西行の野糞
  人刺して足長蜂(あしなが)帰る荒涼へ

  梅咲いて庭中に青鮫が来ている      『遊牧集』
  山国や空にただよう花火殼
  谷間谷間に満作が咲く荒几夫
  猪が來て空気を食べる春の峠
  山国の橡の木大なり人影だよ
  花柘榴の花の点鐘恵山寺

  麒麟の脚のごとき恵みよ夏の人     『詩經國風』
  抱けば熟れていて夭夭の桃肩に昴
    (中国旅吟)
  朝寝して白波の夢ひとり旅
  若狭乙女美し美しと鳴く冬の鳥
  麦秋の夜は黒焦げ黒焦げあるな
  どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ

  桐の花遺偈(ゆいげ)に粥の染みすこし     『皆之』
  牛蛙ぐわぐわ鳴くよぐわぐわ
  唯今ニ一五〇の白鳥と妻居り
    (中国旅吟)
  漓江どこまでも春の細路を連れて
  夏の山国母いてわれを与太と言う
  冬眠の蝮のほかは寝息なし

  雪の日を黄人われのほほえみおり     『黄』

  酒止めようかどの本能と遊ぼうか     『両神』
  長生きの朧のなかの眼玉かな
  春落日しかし日暮れを急がない
  大前田英五郎の村黄落す
    愚陀仏庵  
  二階に漱石一階に子規秋の蜂
   中国四川省の旅(2句)
  桂花咲き月の匂いの成都あり       
  燕帰るわたしも帰る並みの家
   じつによく泣く赤ん坊さくら五分
  おおかみに螢が一つ付いていた
  狼生く無時間を生きて咆哮
  狼墜つ落下速度は測り知れ 
  妻病めば葛たぐるごと過去たぐる

  定住漂泊冬の陽熱き握り飯     『日常』
  長寿の母うんこのようにわれを生みぬ
  源流や子が泣き蚕眠りおり
  秋高し仏頂面(づら)も俳諧なり
  沢上りつめ初日見る月の出待つ
  言霊の脊梁山脈のさくら
  子馬が街を走っていたよ夜明けの『こと
  大航海時代ありき平戸に朝寐して
  老母指せば蛇の体の笑うなり
  病いに耐えて妻の眼澄みて蔓うめもどき   
  ブーメラン亡妻と初旅の野面(のづら)
  合歓の花君と別れてうろつくよ
  左義長や武器という武器焼いてしまえ

  津波のあと老女生きてあり死なぬ  『日常』以後
  被曝の人や牛や夏野をただ歩く
 

                                       
 
1.秩父に生まれて
  産土の地での誕生日祝賀句会。104歳で大往生を遂げた母はる
2.自由人への道
  俳句との出会い。自由への目覚め
3.出征と福音
  トラック島へ。非業の死者に報いたい
4.俳句専念
  人生を決めた配置転換。日銀での「窓奥」生活。「経学学、組合活動、俳諧」
5.「海程」を砦に
  俳句と社会性。現代俳句協会と俳人協会
6.生き物感覚を磨く――俳句表現の基本  
7.心ひかれた人々
  生きのびて知る真の句友。親しみを覚えた人々。漂泊と人間のありてい
8.国民文芸を地球上の人々とともに
  俳句の間口を広げる。朝日俳壇と私。さまざまな交わり
9.俳句とともに生きる (275ページ)


俳句人生を痛快に『語る兜太』を読む 
芳賀 徹 <東大名誉教授>

 金子兜太著・聞き手 黒田杏子

 神社の参道入り囗に狛犬ならぬ狼がいる。「ごらん下さい。なかなかいい貌つきしてるでしょう。秩父の人間にとっては狼はとても身近なものだったって訳ですな。守護神でもあってね」

 この本はこんな語り囗で始まる。語り手金子兜太氏は誰でも一目をおく現代俳句の総大将。この釜山神社山下の小盆地で生まれたのが1919年というから、本年なんと95歳。いまも矍鑠として、詩魂ゆたか、言葉も笑いも爽快で、〈子馬が街を走っていたよ夜明けのこと〉〈老母指せば蛇の体の笑うなり〉といった、不思議な、影の深い句をつぎつぎに吐く。

 氏にはくおおかみに螢が一つ付いていた〉との名句もあった。その身にはやはり秩父の山奥の狼の霊が宿りつき、蛍の火が首のあたりで点滅しているのでもあろうか。


 大好きな小林一茶にならって「荒凡夫」を自称するこの知的野性人からあらゆる話を引きだす役が、これも巫女ないし女傑の趣のある俳人杏子氏。肝胆相照らすこのお二人では、本書が面白くならないはずがない。

 43年、兜太青年は東大卒、日銀就職、すぐに海軍入り。翌年、主計中尉として南洋のトラック島に出征。悲惨のなかで敗戦を迎え、九死に一生を得て引き揚げるとき、〈水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る〉と痛恨の一句を仲間たちの霊に手向けた。日銀に復帰後の組合活動も、その後の俳壇の旧体制への挑戦も、死者たちの鎮魂のための荒業にほかならなかった。

 兜太氏は書中平気で「ホトトギス」の帝王高浜虚子を俳壇の「商売人」と呼び、若くして「翁」を自称した松尾芭蕉のひねこびかたが嫌いだと言う。一茶、種田山頭火らこそ俳句を花鳥諷詠の凡庸から解放し、アニミズムの原始感覚に還元させようとした先覚たちだと称揚する。

 俳句という純国産の短詩型文学がいかに執念深く戦後社会の生ぬるさとあらがってきたか。それを語って、まさに意気軒昂、痛快の一書である。

0 件のコメント:

コメントを投稿