2015年9月10日

金子兜太句碑  埼玉県皆野町

埼玉県皆野町に金子兜太句碑が町の有志にによって建立されています。町では句碑巡りが出来ますので観光にお出かけのさいは是非ご覧ください。

お勧めコースです
皆野駅 → 円福寺 → 皆野椋神社 → 円明寺 → 萬福寺 → 皆野駅



よく眠る夢の枯野が青むまで  金子兜太 (句集『東国抄』)

この句、出来たあと少しして、芭蕉最後の句、「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」の本歌取りということになるのかな、と微笑したのだが、つくった前後には芭蕉の句はなかった。
しかし気付いて、八十代にちかい自分の夢と、五十二歳で没した芭蕉の求めるものへのきびしい夢の違いに恐れ入った次第である。それはともかく芭蕉は芭蕉、兜太は兜太、ゆっくり生きてゆこうの心意。  (自選自解99句より) 

句碑場所・新井武平商店みそ工場 
埼玉県秩父郡皆野町大字皆野573-2 



夏の山国母いてわれを与太と言う 兜太  (句集『皆之』)

母は、秩父盆地の開業医の父のあとを、長男の私か継ぐものと思い込んでいたので、医者にもならず、俳句という飯の種にもならなそうなことに浮身をやつしてる私に腹を立てていた。碌でなしぐらいの気持ちでトウ太と呼ばずヨ太と呼んでいて私もいつか慣れてしまっていた。いや百四歳で死ぬまで与太で通した母が懐しい。
 (自選自解99句より)   

円明寺(明星保育園) 埼玉県秩父郡皆野町皆野 1331-1 


日の夕べ天空を去る一狐かな  金子兜太 (句集『狡童』)

秩父事件の中心地帯である西谷は、荒川の支流赤平川を眼下に、空に向かって開けている。谷間から山頂近くまで点在する家は天空と向きあっている。夕暮れ、陽のひかりの残るその空を一頭の狐がはるばるととび去ってゆくのが見えたのだ。
いやそう見えたのかもしれない。急な山肌に暮らす人たちに挨拶するかのように。謎めいて、妙に人懐しげに。 (自選自解99句より)

皆野町営バス 立沢バス停(本当に山の中という場所です)


山峡に沢蟹の華微かなり   金子兜太 (句集『早春展墓』)

郷里の山国秩父に、明治十七年(一八八四)初冬、「秩父事件」と呼ばれる山村農民の蜂起があり、鎮台兵一コ中隊、憲兵三コ小隊が投人されるほどの大事件だった。その中心は西谷と呼ばれる山国西側の山間部。
そこの椋神社に集まった約三千の「借金農民」にはじまる。私には郷里の大事件として十分な関心があり、文章も書き、ときどき訪れることもあったのだが、その山峡はじつに静かだった。その沢で出会う紅い沢蟹も。
しかしその静けさが、かえってそのときの人々の興奮と熱気を、私に伝えて止まなかったのである。 (自選自解99句より)   

萬福寺  埼玉県秩父郡皆野町皆野 1807


曼珠沙華どれも腹出し秩父の子  金子兜太 (句集『少年』)

これは郷里秩父の子どもたちに対する親しみから思わず、それこそ湧くように出来た句。これも休暇をとって秩父に帰ったとき、腹を丸出しにした子どもたちが曼珠沙華のいっぱいに咲く畑径を走ってゆくのに出会った、そのときのもので、小さいころの自分の姿を思い出したのか、と言ってくれる人がいるが、そこまでは言っていない。しかし子どものころの自分ととっさに重なったことは間違いなく、ああ秩父だなあ、と思ったことに間違いはない。 (自選自解99句より) 

札所34番 水潜寺
埼玉県秩父郡皆野町下日野沢3522


僧といて柿の実と白鳥の話 金子兜太   (『旅次抄録』)

禅僧大光は秩父の寺のあるじ。いま初冬の縁先で話している。わたしの好きな果物は白桃と柿、いちじくとライチーで、秋から冬にかけては柿を大いに食べる。子どものころは枝からもいで食べるのがふつうで、あの生ぐさい昧が忘れられないのだが、いまは採果してから時間がたつ。
しかしみょうに練れた昧があって、これもまたよろし。樽抜きも同じ。祖父などは、渋柿をそのまま枝で熟れさせて、その熟柿をすするように食べていたものだったが、これは昔ばなしということか。                (俳句人生より)

大黒天円福寺 埼玉県秩父郡皆野町皆野293






おおかみに蛍が一つ付いていた  金子兜太 (句集『東国抄』)

椋神社  埼玉県皆野町皆野238
新井武平商店みそ工場の斜め前の神社です。

2014年4月20日、皆野町の椋神社に、金子先生の句碑が建立されました。石は紫雲石だそうです。俳人の黒田杏子さんがお見えになっていました。、記念祭事として獅子舞と秩父音頭の奉納が行われました。

金子先生の挨拶で、出征のさい、椋神社のお守りを母上が千人針に縫い込み、持たせてくれた。多くの死者がでたが守られ生きて帰ることが出来た。椋神社のご恩の感じている。
熊谷を拠点にし秩父は産土として通い、土への親しみからこの句が生まれた。
両神山は龍神山とも言われ、オオカミは龍神と言ったが絶えた。秩父を思うとき、オオカミが出てきてその時光を感じた。光の正体は蛍だ。それはトラック島での戦争体験から来ている。気持を鎮めていたら光の中に連山が見え空想が浮かびこの句になった。椋神社の右奥に句碑があります。


ぎらぎらの朝日子照らす自然かな    金子兜太

句碑は秩父長瀞町野上の總総寺にあります。
ここは金子家の菩提寺で夫人の皆子さんが眠っています。


裏口に線路の見える蚕飼かな  金子兜太
皆野町皆野 飯野家個人住宅

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