2018年2月20日

金子兜太句集『日常』 


第14句集 『日常』 金子兜太 
ふらんす堂 2009年6月刊 2800円
帯 15句

秋高し仏頂面も誹諧なり

安堵は眠りへ夢に重なる蟬の頭


濁流に泥土の温み冬籠


左義長や武器という武器焼いてしまえ


みちのくに鬼房ありきその死もあり


長寿の母うんこのようにわれを産みぬ


民主主義を輸出するとや目借時


炎暑の白骨重石のごとし盛り上る


母逝きて風雲枯木なべて美し


いのちと言えば若き雄鹿のふぐり楽し


枯谷ゆく生死一如には未だし


無妻いまこの木に在りや楷芽吹く


ぼしやぼしやと溲瓶を洗う地上かな


生きるなり草薙ぎ走る山棟蛇


今日まではじゅごん明日は虎ふぐのわれか




あとがき     
平成十二(二〇〇〇)年秋から、同二十(二〇〇八)年夏までの八年間の俳句を、この句集にまとめた。『東国抄』につづく第十四句集である。暦の年齢でいえば、小生、八十から八十八歳までのもの。(しかし小生はこの暦年齢を虚と思っている)。

 この八年間に、母はるを百四歳で見送り、二年後には妻みな子(俳号皆子)を八十一歳で見送った。母他界の日は、平成十六(二〇〇四)年十二月二十日。妻みな子は、平成十八年(二〇〇六)年三月二日。

 母は小生の顔を見ると「与太が来たね」と言った。長男のくせに開業医の父のあとを継がないで、やりたいことをやっている息子に呆れていたのだ。「夏の山国母いてわれを与太と言う」(句集『皆之』) その母は長寿し、小生に健康な遺伝子を遺して呉れた。餅肌も呉れた。小生の元気は母のお陰と言っても過言ではない。

 妻は小生に「土」を教えてくれた。口で教えるばかりでなく、熊谷という関東平野の土の上のまちに小生を引っぱってきて、そこに住まわせてくれた。二人の郷里である山国秩父の、山の草木を譲り受けて、猫額の庭に植えてくれた。

妻他界のあとは益々秩父を産土と思うようになり、すでに林の観を呈してきた庭と親しんでいる。冬がくれば早々に寒紅梅の咲くのを待ち、山菜英、まんさく、黒文字などのあと、上溝桜の開花を見る。夏は山法師などの緑と向き合っている。

秋は、妻が俳句の大作をものした曼珠沙華が庭のあちこちに咲く。 この句集は、妻の悪性腫瘍が発見され、右腎全摘となったあとの療養生活三年目から始まっている。妻は難しい手術を成功させてくれた中津裕臣先生を慕い、先生が九十九里浜は旭市の中央病院に泌尿器科部長として栄転されたあとは、月の半分をその街に宿泊して先生の診断を受けていた。

この句集の初め頃の句群は、小生もいっしょに宿泊したときのものである。―そして妻他界のあと三周忌を修した夏までの旬でこの句集は了る。

 思えば、この八年問、小生は大事な人の他界にいくども出会ってきた。とくに、いわゆる「戦後俳句」の時期を共に旬作りしてきた、原子公平、佐藤鬼房、安東次男、沢木欣一、三橋敏雄、飯田龍太、成田千空、鈴木六林男が忘れられない。

安東は自由詩中心だったが、小生には俳句仲間と思えてならない。そして同年の詩人宗左近(「中句」と称して俳句に似た短詩もつくった)と、学校も勤めも一緒で俳句もI緒につくってきた浜崎敬治は、「皆子を偲ぶ会」(平成十八年六月十九日)と相前後して他界した。

奇しき因縁とまで思うのだが、この句集の最後を、戦時トラック島の同じ部隊で苦楽を共にした、文字通りの戦友黒川憲三の他界で了ることにもそれを思う。

 人の(いや生きものすべての)生命を不滅と思い定めている小生には、これらの別れが一時の悲しみと思えていて、別のところに居所を移したかれらと、そんなに遠くなく再会できることを確信している。消滅ではなく他界。いまは悲しいが、そういつまでも悲しくはない。

母はまた私を与太と言うことだろう。
妻は、「あなた土を忘れたら駄目よ」とかならず言うに違いない。公平は、鬼房は……。

 そして妻が闘病生活にはいってからは特に、焦らず病む人の日常に即してじっくり暮そうと臍を固めるようになっていた。幸い息子夫婦が病む妻の日常を十分と言えるほどによく支えてくれていたので、それだけに自分がうろついてはいけないと思い定めていたのである。

 この日常に即する生活姿勢によって、踏みしめる足下の土が更にしたたかに身にしみてもきた。郷里秩父への思いも行き来も深まる。徒に構えず生生しく有ること、その宜しさを思うようになる。文人面は嫌。一茶の「荒凡夫」でゆきたい。その「愚」を美に転じていた〈生きもの感覚〉を育ててゆきたいとも願う。アニミズムということを本気で思っている。
  平成ニ十ー年五月二日  熊猫荘にて 金子兜太

 (高山れおな氏サイトから)
http://haiku-space-ani.blogspot.jp/2009/06/blog-st_685.html                 
春の庭亡妻正座して在りぬ
どれも妻の木くろもじ山茱萸山法師
仮寝の夢に桜満開且つ白濁
橋越えて猪去る亡妻(つま)の仕草も去る
猪(しし)の眼を青と思いし深眠り
秋遍路尿瓶を手放すことはない
春闌けて尿瓶親しと告げわたる
ぽしやぽしやと尿瓶を洗う地上かな
  ニューヨークなどに無差別テロ 二句
危し秋天報復論に自省乏し
新月出づイスラムの民長き怒り
左義長や武器という武器焼いてしまえ
ブッシュ君威嚇では桜は咲かぬ
薄氷に米国日本州映る
民主主義を輸出するとや目借時
戦さあるな白山茶花に魚眠る
秋高し仏頂面も俳諧なり
冬近し車窓を過ぎるもの黄昏(たそがれ)
薔薇の谷狼無表情で通る
盆の沢崩れて魂(たましい)通れない
いのち確かに老白梅の全身見ゆ
十分前朧の街を歩いていた
虚も実も限無(きりな)く食べて秋なり
アボリジニ跳び込んで抱きつくジユゴン
誕生も死も区切りではないジユゴン泳ぐ

句集は〈ある日ふと 七句〉と前書した一連の作品によって閉じられる。全句ジュゴンのことを詠んだ不思議な連作。おそらく、テレビで目にした映像を見たまま句にしたのだろうが、「ある日ふと」という前書が暗示する突然の幸福感がまばゆいばかりの絵になっていて、これをフィナーレにしたかった気持ちはとてもよくわかったのである。

『日常』   岸本尚毅選
(金子兜太読本より転載 俳句2018.5月号付録)

とりとめなし無住寺のごきぶり
癒しなり秋の落日ぎらぎらす
安堵は眠りへ夢に重なる蛸の頭
駐車場鰯散らばる何(なん)の兆し
いつもそこに寝ている犬に望(もち)の月
シャワーの湯を体にぶつけ冷(すさ)まじや
冬近し車窓を過ぎるもの黄昏(たそがれ)
奥山の岩の匂いの無常感
初旅や蛇足のような尿重ね
猪(しし)の眼を青と思いし深眠り
孤島なり霞のなかの落日は
帰郷して蝌蚪に小石を投げ込む奴
すぐキレる奴ら梅雨闇に眼鼻
猿に夏人間に立皺深く
蝉しぐれ耳鳴りしぐれ昼ふかし
地面(じづら)見て物おもう癖夏の雉
 ニューヨークなどに無差別テロニ句
危し秋天報復論に自省乏し
新月出づイスラムの民長き怒り
白鳥来老人たちに五勺の酒
鎌鼬絶妙な彼奴のジョーク
 佐藤鬼房他界二句(うち一句)
みちのくに鬼房ありきその死もあり
木や可笑し林となればなお可笑し
風や水の繰り言ばかり蝌蚪覗く
ここに居て風雲(かざぐも)十数個を飛ばす
眠気さし顏とりおとす麗の卆
みどりごのちんぼこつまむ夏の父
 夏の花と狼五句(うち一句)
夏の白花狼は行き鳥は地に
夏遍路欲だらけなりとぼとぼとぼ
夏の猫ごぼろごぼろと鳴き歩く
生きてあり霧のなか縞蛇
秋遍路尿瓶を手放すことはない
水澄めり生臭き腸(わた)われを生かす
一生怠けて暮した祖父の柿の秋
飯を鵤む北風吹けば更に噛む
冬の夜を小柄な車掌走るごとく
仰山な春の鴉と君のお小言
 母百二歳八句(うち五句)
おうおうと童女の老母夏の家
夏の毋かく縮んでも肉美し
童女の老母しばし見詰めて夏遍路
長寿の母うんこのようにわれを産みぬ
男(お)の児(ご)われ母よりいただきし餅肌
右折車ばかりで左の空地ぼんやりす
亡父夢に川亀持ちて訪ね来し
夏の村狐遠目にうどんすする
 秩父札所三十四番水濳寺五句(うち二句)
猪(しし)が畑を荒す話に夏遍路
夏の猪沈黙の睾(きん)確とあり
眺むれど皺ばかりなり君等の臍
バナナー本の朝食や霧の家
 宮崎青島四句(うち三句)
海鳥の颯々と過ぐ遊子の秋
沖濁(にご)らせ岩礁(いくり)和ませ日向(ひゅうが)の秋
白波の限りなし日向灘夜長
月光に木は葉を捨てる冷まじや
定住漂泊冬の陽熱き握り飯
 金子皆子句集『花恋』に寄す
闘病の気韻の花びらを積みて
癌と同居の妻よ太平洋は秋
少年老ゆ狐塚あり尿(しと)をして
 母百四歳にて他界六句(うち三句)
母逝きて与太な倅の鼻光る
冬の山国母長寿して我を去る
母の歯か椿の下の霜柱
仲間若しよ嗄れ声の春の荒瀬
 知床旅吟十三句(うち一句)
いのちと言えば若さ雄鹿のふぐり楽し
 秩父両神にて十句(うち一句)
父の好戦いまも許さず夏を生く
峡ふかく冬の花火の音落ちる
枯橋に星降る夜を春という
橋上にかりかり噛る春の氷
春の峡空に橋浮く生きてこの世
 妻 金子みな子(俳号皆子)他界二十一句(うち五句)
花を恋い楷を愛して春を眠る
春の庭亡妻正座して在りぬ
春の朝陽の額に紅し妻亡きに
春のこの峡若き日の亡妻(つま)橋の上
遊雲いずれも山に宿りて妻は亡し
牛蛙男日中(ひなか)の握り飯
ごうと黒南風禿頭ほどはどの湿り
 宗左近他界二句(うち一句)
緑樹が埋める宙に左近の足裏見ゆ
 浜崎啓治他界二句(うち一句)
清潔な文字の連なり夏の文(ふみ)
夏の鹿夕日が月のごとく赫く
虚も実も限無(きりな)く食べて秋なり
秋照りの近江よ土の香の最澄
一遍忌はわが誕生日おはぎ二つ
うろつく猫にこらこらと言う天高し
くらげの海人もさまよい始めたり
際(き)りもなく薯食う関東流れ者
孤独死の象や鯨や正月や
肥溜めに冬の花火の映りしこと
ぽしやぽしやと尿瓶を洗う地上かな
源流や子が泣き蚕眠りおり
雨の地下道五月が終るだけのこと
天空遥かへ仰向けに寝て時移す
 伊豆半島にて二句(うち一句)
山霧の触感もあり螢狩
なめくじり麻痺の瞼がふと動く
大航海時代ありき平戸に朝寝して
尿意怺えて孤のときもあり晩夏光
母若し少年は白露
 京都嵯峨野にて四句(うち二句)
天竜寺の東司にはしやぐ旅の秋
ほのと紅葉し小倉山あり男四人
都市の各所に冬の群集猥雑なり
 ある日ふと七句(うち四句)
春の海ジュゴン恋しやほうやれほう
アボリジニ跳び込んで抱きつくジュゴン
誕生も死も区切りではないジュゴン泳ぐ
今日までジュゴン明日は虎ふぐのわれか


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